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ナス栽培での悩み ー新技術の導入① 生育調査の方法と活用

ナスの栽培について、トマトやキュウリなど他の果菜類と比べて新技術の開発や導入はあまり大きなものはみられなかったと思われます。しかし最近になって、いくつかの新たな技術や手法、また品種の変遷がみられるようになりました。例えば近年注目されている生育調査は新技術の一つと考えられ、その導入には一定の知見や経験も必要で、簡単には上手くいかないという悩みもあると思われます

 

本記事では、ナス栽培での新技術として、近年はトマトを中心に取り組まれている生育調査の方法について事例を交えた解説をいたします。

トマト栽培での生育調査とバランスシートを利用した栽培管理

2010年代の初頭より、トマトのハイワイヤー栽培を中心に、縦軸に樹勢の強弱を、横軸に栄養生長と生殖生長の程度を取った十字チャート(バランスシート)が用いられるようになりました。そこでは主に樹勢の強弱についてトマトの茎径を、栄養生長と生殖生長の程度(生長バランス)については、生長点から開花花房までの距離をおのおの週1回の生育調査によって計測し、バランスシート上にプロットすることが行われていました。これらの手法によりトマトの生育状態の見える化が進んだと言えるでしょう。

またプロットの位置がなるべくバランスシートの中心となるよう(中心の位置は圃場環境や品種などにより異なる)、温度管理や潅水管理、作物管理を調整するという考えがあり、生育調査による作物の状態の見える化と環境管理や潅水管理が一体的に行われるようになりました。こうした手法により理想的なトマトの状態に向け、意図的にトマトの生育を調節することが可能になったと言えるでしょう。またこの考え方がトマト栽培で普及し、さらに他の果菜類の栽培においても生育調査の方法や生育状態の判別の手法について各地で検討がなされるようになりました。

参考文献1)のP6-7には、神奈川県におけるトマト栽培で「バランスシートの位置から適正値に近づける管理を考える」として、適正値に近づけるための温湿度、CO2濃度、潅水施肥、着果数などの管理の方法が記されています。こうした方法は様々なものがありますが、実際に実施できるものは限られるため、環境や状況に応じて取捨選択し、また実施後も1週間後の生育調査のデータにより評価する必要があります。

なお、参考文献1)のには「高知県作成ナス用資料を改変」との注があり、神奈川県に先んじて、高知県ではナス栽培で生育調査とバランスシートを利用した栽培管理が行われていたことが伺えます。次章ではそれらについて詳しくご紹介します。

高知県でのナス栽培の生育調査と活用の方法

 

高知県では、施設園芸での環境制御技術の導入にいち早く取組み、環境モニタリング機器やCO2発生装置などの導入を県が支援し、それらを活用することで収量や品質を向上する動きがみられます。ハウス内環境の、見える化や作物生育にとっての最適化を行うため、作物の生育調査や生育診断の技術開発も、主要作物であるナスを中心に行われてきました。

 

高知県のナスの最大の産地である安芸地域では、長期作型による年1作での施設ナス栽培が行われています。ナスの整枝剪定法は、主枝を2~4本仕立てとし、また主枝ごとに摘心を行い、主枝から伸びる側枝について開花時の摘心と収穫時の切り戻し剪定(1芽摘心・1芽切り戻し)を繰り返す方法が取られています。参考文献2)では、安芸地域において、このような栽培法における生育調査や生育状態の診断法について、地域の生産者と普及指導機関が取り組んだ成果として紹介がされています。

具体的な生育調査項目

 

同文献には、前述の切り戻し剪定によるナスの摘心栽培では、トマトのように生長点から開花位置までの長さ(開花花房高)を生長バランスの指標とすることが出来ないため、生産現場で新たな指標を従来の生育診断指標との関連性を確認しながら探索を始めた、とあります。そして、従来の樹勢の指標である雌しべの長さに対し開花花房直下の茎径が関連し、生長バランスの指標である開花花房高に対し開花花房直上葉の葉長が関連していることを見出した、とあります。具体的には、樹勢の強弱を見るには花房直下の茎径(長径)を測定し、生長バランスを見るには側枝の摘心時に花房直上に1枚残す葉の長さを測定する、とあります。またこれら「茎径」、「葉長」に加え、生育への影響の大きい「開花数」、「着果数」を含めた4項目を生育調査項目とした、とあります。

 

以上の生育調査項目の決定(生育診断手法づくり)について参考文献3)に以下のようにまとめられています。

 

『トマトやパプリカなどの無摘心栽培ではオランダで開発された生育診断手法を利用できるが、ナスやピーマンの摘心栽培での生育診断手法は確立されていない。そこで、振興センターのチーム員とJA営農指導員が協力して各実証ほで毎週10株、8項目について調査を行い、各調査項目間の関連性を分析し、樹勢と成長バランス(栄養成長と生殖成長)の判断指標となる調査項目を探索した。その中から農家が継続して実施できるように調査項目を最小限(茎径、葉長、開花数、着果数)に絞り込むとともに、植物の状態を数値で視覚的に把握できる調査様式を作成し、生育調査の実践を呼びかけた。』

 

ここでの調査様式には、固定株5株について開花数(個/株)と着果数(個/株)の記入欄があります。また任意株(開花数と着果数の調査株の周辺が望ましい。同一通路で片側各5株(計10株))について、茎径(mm)と葉長(cm)を記入する欄があり、それらの個別値と平均値をバランスシート上にプロットするよう、Excelシートが用意されているようです。

生育調査にもとづくナスの生育状態の操作方法

また参考文献3)の図4には、毎週の生育調査より得られたバランスシート上のプロットを理想の状態にするための操作方法について、以下のように記述されています。

『樹勢が強く栄養成長に寄っている場合』

温度:日中温度上げる 最低夜温まで早く落とす

湿度:低める

灌水:遅らす、減、灌水間隔

空ける (多量少頻度) 追肥:減

摘葉・摘芽:強・早め

着果:2果どり/側枝

『樹勢が弱く栄養成長に寄っている場合』

温度:夜温下げる(日中同じ) 最低夜温まで早く落とす

湿度:低める

摘果:1果どり ほか

『樹勢が強く生殖成長に寄っている場合』

温度:夜温下げる(日中同じ) 最低夜温まで早く落とす

湿度:低める

摘果:1果どり ほか

『樹勢が弱く生殖成長に寄っている場合』

温度:日中温度下げる 最低夜温までゆっくり落とす

湿度:高める

摘葉・摘芽:弱・遅め

着果:1果制限/側枝

灌水:早め、量はやや増

間隔詰める (少量多頻度) 追肥:ECが低ければ増

 

「環境制御技術導入による安芸地域の施設園芸の活性化 ナスでの取組成果を中心として」の図4より引用

以上のように、温湿度管理や潅水施肥管理の他、摘葉や摘果などの作物管理を含めた方法が記されています。ただし、そこには具体的な管理数値は示されていません。毎週の生育調査データの推移を確認し、また生育状態を実際に確認するなどし、生産者が理想と考えるナスの状態に近づけるように調整をはかること、これを週単位で繰り返し行うことが求められると考えられます。またこれらは、週単位での栽培管理のPDCAサイクルの実践と言えるものでしょう。

「環境制御技術導入による安芸地域の施設園芸の活性化 ナスでの取組成果を中心として」の図4より引用

ナス生産者の生育調査の利用事例

 

参考文献4)には、以上の生育調査を導入したナス生産者の宮﨑武士氏の事例が紹介されています。生育調査の結果の考察と対策の例として、以下のような記載があります。

 

『計測結果』前週比で茎径が約1mm細く、開花数が80%に減り、着果数は120%に増加した。

『考察』着果負担による樹勢低下がある。

『対策』日の出からの昇温速度、日中平均温度、夜間平均温度、CO2濃度などを操作し、樹勢低下を抑える。

 

宮﨑氏は、生産者数名が月に数回集まり、生育調査票を見せあって次週の方針についての検討会を開催するまで議論が深まったとしています。またその中で、生産者により計測方法や基準が異なることも分かり、それぞれのハウスでのみ当てはめるものとした、とあります。また調査結果よりも前回調査からの変化により今後の対策を立てることを重視し、それらを検討会で共有することが大切とし、結果として生育調査に取り組む前に比べ収量が125%に増加したと述べています。

日射量にもとづく管理指標の策定

参考文献3)の図4には、「日射量と平均温度の基準図」として、日積算日射量(J/c㎡/日)に対しての平均温度をどの程度にするかの基準を「上限平均温度(樹勢強・着果少)」、「標準平均温度」、「下限平均温度(樹勢弱・着果多)」の3パターンについて示しています。同じ日射量の場合でも樹勢と着果数の多少に応じた温度管理を細かく行うものと考えられます。

参考文献5)には動画として、ナス施設栽培での管理指標として「積算日射量/果実数(J/果実数)」が提示されています。日射量に応じた適正な果実数を想定し、日射量の季節変動などに応じ摘果作業に反映させる考え方と思われ、樹勢を低下させずに収量の最大化をはかるものと考えられます。

「環境制御技術導入による安芸地域の施設園芸の活性化 ナスでの取組成果を中心として」の図4より引用

今後の展開

以上、高知県での事例を中心に、ナス栽培で近年導入されている生育調査とその活用の方法についてご紹介しました。生育調査は、週単位など定期的に行うことで、作物の生育状態の推移を見える化することができ、新規就農者など栽培経験が少ない生産者には大変理解がしやすいものと考えられます。一方で、生育調査データや環境データなど、数値だけにとらわれず、実際の作物の様子を観察することも必要になり、データと自分の眼で確かめた生育状況をうまく融合させることが、栽培のレベルアップに不可欠になるでしょう。

参考文献

1)施設栽培の収量や品質を向上させたい方へ 、かながわスマート農業普及推進研究会

2)新田益男、環境制御に欠かせない品目別生育診断 ナス 見るのは四つ、葉長、茎径、開花数、着果数、現代農業 2019年12月号

3)新田益男、環境制御技術導入による安芸地域の施設園芸の活性化(2014)、こうち農業ネット

4)宮﨑武士、環境制御に欠かせない生育診断 ナス 葉長・茎径・開花数・着果数を計測して、生育の変化をつかめた!、現代農業 2021年1月号

5)新田益男、データに基づくナス栽培(2023)、スマートグリーンハウスチャンネル

6)生体情報に基づくハウス内温度管理が促成ナス‘土佐鷹’の生育・収量に及ぼす影響(2021)、高知県農業技術センター

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