施設園芸での新規就農成功のために考えるべきこと

栽培

農家戸数が減少する中で、新規就農者の確保は国や地方の重要な施策として取り上げられています。そのため様々な無料の相談窓口やイベント等が設けられ、技術習得のための研修制度や就農支援のための資金支援等も整備されています。その一方で新規就農者のうち半数程度がその後離脱しているという現実もあります。そこで本記事では、施設園芸での新規就農を成功させるために考えるべきことに触れたいと思います。

1.新規就農で必要な要素

新規就農には新たに農業経営を目指す場合(独立・自営就農)と農業法人等に就職して農業を行う場合(雇用就農)の二つの形態があります。また全国農業会議所が発行する「新規就農ガイドブック」では、就農に必要な5つの要素として、①技術・ノウハウの習得、②資金の確保、③農地の確保、④機械や施設の確保、⑤住宅の確保をあげています。これらの要素のうち①~④については、主に独立・自営就農において必要なものと言えるでしょう。雇用就農では、②~④は就職先の農業法人等が持つものであり、また①の技術・ノウハウについても場合によっては就職後に研修によって身につけることも可能と言えるでしょう。さらに⑤の住宅についても就職先が用意、もしくはあっせんを行うケースも中にはあるかもしれません。

このように独立・自営就農では雇用就農に比べ、様々な要素について事前準備が必要になります。これは施設園芸の場合にも同じことが言えます。よって準備期間には、それなりの年月をかける必要があるはずです。①の技術・ノウハウの習得については、例えば農業大学科校等の社会人向けコースでは2年間の研修を行う場合が多く、1年目に座学や圃場実習を、2年目には現地の篤農家等での実習を行うパターンがみられます。その間に③~⑤(農地、機械や施設、住宅の確保)などについての準備を就農希望先の地域で行う形が想定されます。また農業大学校の他にも、近年増加中の地域のJA等が行うトレーニングファーム、トレーニングセンターなどと呼ばれる研修施設において、研修生としてやはり2年間程度のコースで学ぶ形もあります。また従来からある、農業法人や篤農家などで研修生として一定期間学ぶ形もあります。

もちろん2年間の研修を行ってすべてがOKということではなく、実際の栽培や経営を自分で始めてから遭遇する様々な課題について、自分なりに解決をする必要があるでしょう。そのためにはトライ&エラーも重ねながら、自分なりにノウハウを蓄積することになるでしょう。ただしそこでは新規就農なりの失敗も織り込む必要もあり、思ったような収量や売上げが得られない場合に備え、②において最低限の生活資金を用意することが求められます。できれば自己資金による余裕のある資金準備が望ましいと言えるでしょう。なお②では生活資金と営農資金の両方が必要となります。それらに対して自己資金の他に様々な就農支援措置も用意されており、一般的にはそれらの活用も行われています。

一方で施設園芸では初期投資としてハウスや付帯設備の取得に多大な資金がかかるケースも多くみられます。特に資材費や建設費の高騰で、ハウス新設が現実的には困難な場合も多く、初期投資での施設取得費用をいかに低減するかが成功のポイントのひとつと考えられるでしょう。近年は高齢者のリタイアや耕作放棄などによる空きハウスの増加が各地でみられるようになりました。それらの活用が可能であれば、初期投資の抑制となり経営上の大きなプラスとなるでしょう。

しかし空きハウスが居抜き物件であるほど規模拡大を進める既存の生産者からの需要も高く、すぐに借り手や買い手が現れることになります。よってそうした情報に疎い新規就農者が物件を確保することはハードルが高いものとなります。そのため新規就農者は地域の就農支援窓口等を通じた情報収集の他に、就農希望地域にいち早く溶けこんで独自に情報収集を進める必要もあると思います。なお居抜き物件ではなく、リフォームやリノベーションが必要な経年物件、耕作放棄物件も地域によっては多く発生していると考えられます。それらの活用も視野に入れ、場合によっては自力でのリフォーム等も検討すべきかと思われます。

2.新規就農での経営計画の重要性

農業への転職や新規就農について多くの著作を持つ有坪民雄氏は、「農業に転職!就農は「経営計画」で9割決まる」の中で、タイトルの通り経営計画(就農計画)の重要性に触れています。有坪氏は、新規就農における経営計画について「就農イメージの明確化」、「就農イメージの実現可能性の検証」、「就農支援者に対する自分の考えの理解促進」において重要であるとしています。新規就農希望者は、農業会議所等が開設する新規就農支援窓口で就農に関する相談をするケースが多くみられます。そこでの就農支援者である相談員に対し本気度や真剣度を示すには、事前に入念に策定した具体的な経営計画を示すことがポイントであることに有坪氏は触れています。それは本人が真剣である程、相談員も親身になって相談を行い、また計画が具体的である程、それに対応した具体的な農地や研修先等の紹介や資金相談等にも乗ってくれる可能性が高い、ということであると思います。手ぶらで相談に行くのと、自分なりの情報収集によって具体的な計画を策定し相談に行くのでは、相手の対応もまったく違うということは言うまでもないことです。

有坪氏は経営計画策定の3ステップとして、「経営指標の収集」、「栽培スケジュール表、輪作計画表、労働時間算定表、簡易資金繰り表の作成」、「実際の経営計画の策定」をあげています。個々の内容の詳細については本書をぜひ参照していただきたいのですが、最初の経営指標については各都道府県等が公表している栽培内容・作型・必要労働力と労働時間・資本装備・経営収支などの情報を集める形になっています。施設園芸の場合、作物ごとに主要産地があり、その産地の都道府県の情報を当たることになると思います。比較のために各産地ごとにデータを集め、売上げや経費、収益性などを検討することになります。近年は施設資材費や光熱費を中心に経費増加のスピードが速いため、公開情報の更新が追いついていないケースも多く見られ、現実的な数値を調べて置き換えることも必要になるでしょう。

それでも経営指標はひとつの目安であって、参考資料として捉えるべきものと言え、それを用いながら2ステップ目の各表を作り込み、3ステップ目の自分なりの経営計画の策定に進む形となります。ここでの経営計画は1ステップ目の経営指標と同様のフォーマットのもので、自分が考える作物と栽培法で年間の作業や労働配分を考え、必要な資本装備や経費を想定し、販売方法にもとづく売上げ単価を設定し、想定収量にもとづく出荷量と売上げ高を算定の上、所得や収益性を評価していくものと言えます。こうした資料を作り込むには、何度も繰り返しシミュレーションやデータの取得修正が必要となり、それなりの調査や時間を掛けることになるでしょう。また就農前にリアルな経営計画を立てることはかなりの負担になるはずです。しかし独立による新規就農が単なる就職や転職ではなく、経営者として自立することと捉えれば、いずれはやらなければならないことであると言えます。そしてそれらを事前準備に組み込むことは、成功のための絶対条件とも言えるのではないでしょうか。

3.終わりに ー施設栽培での品目と地域の選定ー

施設園芸では作物ごとに産地が限られる傾向があり、特に果菜類では日射量や平均気温等の気象条件により地域による優位差が生じやすい品目が多くみられます。一方で近年の新規就農で多く取り組まれているイチゴは、ほとんどの都道府県で栽培が行われています。これは冬期の加温での温度条件が比較的低いことや、トマトのように多くの日射量を必要とはしない作物であることが背景にあるものと考えられます。このような作物ごとの栽培上の特性を理解することが準備段階での第一歩となるでしょう。

施設栽培では露地栽培に比べ特に果菜類での多種品目の栽培は難しい傾向にあり、まずは栽培品目を選定し、その栽培適地や販売が見込める地域を定めて調査や相談を進めることが必要と考えられます。施設栽培の産地ではJAの部会に所属してのスタートも想定されますが、いずれは独自の販路を開拓して収益につなげることも考えられます。そのためには消費先を考えたマーケットインの思考が重要であるとともに、高齢化等によって施設園芸が衰退し競合先の少ない地域をあえて選ぶという選択肢もあるかもしれません。施設園芸での新規就農では、こうした様々な可能性を検討することが成功への道筋のひとつと考えられるでしょう。

参考文献

1)新規就農ガイドブック(2023)、全国農業会議所

2)有坪民雄、農業に転職!就農は「経営計画」で9割決まる(2019)、プレジデント社

■執筆者:農業技術士 土屋 和(つちや かずお)
育苗装置「苗テラス」の開発など農業資材業界での経験を活かし国家資格の技術士(農業部門)を2008年に取得、近年は全国の施設園芸の調査や支援活動、専門書等の執筆を行っています。

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