農産物価格と農業生産資材価格の推移
ー農業物価統計調査よりー
栽培

目次
近年話題となっている農産物の生産コストや物流コストの上昇と農産物価格への転嫁の問題等について、農林水産省では「適正な価格形成に関する協議会」を開催し、検討を進めています。そこでの議論の基礎になっていると思われる農産物価格と農業生産資材価格の推移について、本記事では同省の農業物価統計調査の結果より観てまいります。
(1)農業物価統計調査とは
農業物価統計調査は、農業における投入・産出の物価変動を測定するため、農業経営に直接関係のある物価を把握し、その結果を総合して農業物価指数を作成することを目的としています。調査の種類として以下の2つがあります。
①農産物生産者価格調査
農産物生産者価格調査は、農産物価格指数を作成するために、農業経営体が生産する農産物のうち販売金額が多い品目及び行政施策上重要な品目の価格を調査するものです。
②農業生産資材価格調査
農業生産資材価格調査は、農業生産資材価格指数を作成するために、農業経営体が購入する農業生産に必要な資材のうち使用割合が高い品目及び行政施策上重要な品目の価格を調査するものです。
出典:農業物価指数の令和2年(2020年)基準改定について、農林水産省大臣官房統計部
(2)令和5年 農業物価指数 -令和2年基準-について
①調査結果の概要
令和6年7月30日に公表された調査結果の概要として下表があります。

農産物価格指数のうち野菜は113.3(以下指数は令和2年を100とした場合のもの)で、対前年比10.0%の増加となります。また農業生産資材(総合)として価格指数は121.3で、うち肥料は147.0と大きく、農業薬剤は112.9となっており、おのおの対前年比で12.4%と9.7%の増加となっています。
②累年データの傾向
下図は、平成30年から令和5年までの累年データの推移になります。農業生産資材価格指数(総合)と農産物価格指数(総合)とも令和3年以降に上昇を続けていますが、前者の上昇が大きく、農業公益条件指数(生産者の収益環境の変化を示す指標として数値化したもので、農産物価格指数(総合)÷農業生産資材価格指数(総合)×100で求める。指数の上昇は生産者の経営環境の改善を意味する)は100を切っている(生産コストの上昇に販売価格が追いついていない)状況にあります。

③関連データ
下記は、配合飼料工場渡価格、為替レート、原油・粗油輸入価格といった施設園芸の生産コストに関する指標の推移が掲載された表になります。

令和2年比では、令和5年の配合飼料工場渡価格が1.47倍、原油・粗油輸入価格が2.40倍となっています。
④直近3年間の月別価格指数の推移
下図は令和2年を100とした場合の直近3年間の野菜の月別価格指数の推移です。令和5年の9~10月の価格の急上昇が観て取れます。猛暑の影響下でのトマトショックと呼ばれる価格上昇があったのもこの時期になります。

下図は、令和2年を100とした場合の直近3年間の肥料と農業薬剤の価格指数の推移です。
肥料は令和4年より急上昇したものの、令和5年には低下傾向になっています。農業薬剤は令和4年より上昇傾向にありますが、令和5年には落ち着いている様子が伺えます。


(3)農村物価統計の詳細より
①施設野菜の価格指数推移
下表に統計の詳細データより、主な施設野菜の価格指数推移を拾いました(令和2年を100)。アスパラガス以外のいずれの野菜も令和3年には価格低下が起こっていますが、その後は持ち直す傾向にあり、トマト、ミニトマト、イチゴ、ほうれんそう、アスパラガスでは令和5年には100以上に回復しています。
表 主な施設野菜の価格指数推移
キュウリ | なす | トマト | ミニトマト | いちご | ピーマン | ほうれんそう | にら | アスパラガス | |
令和3 | 82.8 | 91.3 | 91.3 | 95.2 | 96.1 | 76.9 | 90.1 | 94.2 | 103.7 |
令和4 | 87.7 | 89.0 | 98.8 | 103.2 | 103.0 | 83.5 | 97.1 | 100.9 | 101.2 |
令和5 | 98.0 | 97.5 | 111.8 | 106.4 | 110.2 | 100.9 | 102.6 | 93.2 | 108.8 |
②農業生産資材の価格指数推移
下表にも統計の詳細データより、施設野菜の生産コストに関係する農業生産資材の価格指数推移を拾い出しました(令和2年を100)。いずれの資材も上昇傾向にあり、特に肥料や燃油の上昇が大きく表れています。
表 主な農業生産資材の価格指数推移
種苗および苗木(総合) | 無機質肥料(総合) | 複合肥料(総合) | 農業薬剤(総合) | 農業用ビニール | 野菜用段ボール | 灯油 | 重油 | 農用電力 | |
令和3 | 101.5 | 102.7 | 102.7 | 100.2 | 100.8 | 100.0 | 114.4 | 120.1 | 100.2 |
令和4 | 104.0 | 131.2 | 133.1 | 102.9 | 108.5 | 101.4 | 137.5 | 141.4 | 109.7 |
令和5 | 106.8 | 147.6 | 149.4 | 112.9 | 120.9 | 109.0 | 139.0 | 142.9 | 101.6 |
(4)今後の展開
農業物価統計調査は、上述の年次のものの他にも毎月の最新データとして月別結果が公表されており、即時性の高いデータになっています。また作物別に価格と生産資材価格を紐づけたような詳細な分析を行うことはできませんが、個別の品目ごとの価格動向を把握することも可能となっています。これらは全国的な統計データとして集計され、地域性が加味されてはいませんので、あくまで全国の傾向として捉える必要があります。
一方で個々の経営体においては、自己の経営における生産コストや販売額などを少なくとも月次単位で追うことで経営状況のリアルな把握につながると考えられます。冒頭の農林水産省が開催する適正な価格形成に関する協議会では、こうした生産コストをもとに価格交渉を進めるような議論も行われており、今後はより敏感にこのような統計値や個別のコストにも関わる必要があると言えるでしょう。

■執筆者:農業技術士 土屋 和(つちや かずお)
育苗装置「苗テラス」の開発など農業資材業界での経験を活かし国家資格の技術士(農業部門)を2008年に取得、近年は全国の施設園芸の調査や支援活動、専門書等の執筆を行っています。

