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防除暦について② ー防除暦とIPM、イチゴの例ー

本記事では、施設トマト栽培での例につづき、イチゴ栽培での防除暦と最近の総合防除(IPM:Integrated Pest Management)についてご紹介します。本記事では、長崎県および宮城県の事例について公開された情報をもとにご紹介いたします。

いちごIPM防除体系マニュアル長崎県版

イチゴ栽培でのIPMについて、長崎県の事例が参考文献1)に「いちごIPM防除体系マニュアル 長崎県版」としてまとめられています。本マニュアルは、国の研究プロジェクト(「生果実(いちご)の東南アジア・北米等への輸出を促進するための輸出相手国の残留農薬基準値に対応したIPM体系の開発ならびに現地実証」)の成果として公表されたものです。輸出促進のための相手国の残留農薬基準に対応したものとなっていますが、その基準以外の内容は通常のイチゴ栽培にも対応するものと考えられます。また本マニュアルは、灰色かび病、ハダニ類、アザミウマ類、ハスモンヨトウを対象病害虫としたIPMの体系として、天敵、物理的防除等を活用し、化学農薬を削減した総合的防除体系(国内向けIPM防除体系)と組み立てられたものです。本マニュアルでの輸出相手国は台湾、栽培品種は「ゆめのか」を対象としています。

本マニュアルのP2には、「IPM防除体系(長崎県版)」が表としてまとめられ、対象病害虫への月旬毎に使用する化学農薬、天敵などが記載されています。この表を単体として用いることで、前述の4病害虫についての防除暦として利用可能と思われます。また本マニュアルのP3には「個別技術」として、1)高濃度炭酸ガス(ハダニ類)、2)カブリダニ類(ハダニ類)、3)防虫ネット(アザミウマ類)、4)薬剤(各種病害虫)、5)その他(防除体系に未記載の技術)が紹介されています。4)以外は、化学農薬を使わない物理的防除や生物的防除の方法になります。それらの概略をご紹介いたします。

いちごIPM防除体系マニュアル長崎県版より

高濃度炭酸ガスでは、定植前の苗を処理装置を用いて炭酸ガス処理することにより、寄生しているハダニ類を防除し、本圃への持ち込みを防ぐ技術を紹介しています。本処理は、葉裏までムラなく炭酸ガスが行き渡り、卵を含む各生育ステージのハダニ類に効果がある、としています。また、本処理による生育、収量への影響はない、としています。本処理には、炭酸ガス処理装置を用い、密閉した状態で、濃度60%程度、温度25~30℃程度 、時間24hrでの処理を行う様子が紹介されています。

 

カブリダニ類では、薬剤抵抗性の発達したハダニ類に対して化学農薬による防除にカブリダニ類(ミヤコカブリダニ、チリカブリダニ)の放飼を組合わせ、ハダニ類の密度を抑制する技術を紹介しています。ミヤコカブリダニの放飼時期を11月(被覆直後にハダニ類0頭で放飼)とし、チリカブリダニの放飼時期を1月下旬~2月としています。また前述の「IPM防除体系(長崎県版)」では、ハダニ類に対しての他の防除として、定植時期の高濃度炭酸ガスやコロマイト水和剤(2000倍)、10月下旬のアファーム乳剤(2000倍)、11月上旬のマイトコーネフロアブル(1000倍)などを紹介しています。

 

防虫ネットでは、アザミウマ類に対する物理的防除法として、ハウス開口部に目合いが細かく(1mm以下)通気性が高く、また光反射資材を織り込んだ防虫ネットを展張する技術を紹介しています。シルバー系のシートを織りこんだ防虫ネットには、反射効果によりアザミウマの飛来を防ぐ効果があります。また1mm程度の目合いであれば換気時の通気性も確保可能と考えられ、展張による温湿度への影響はほとんど認められないとしています。

 

その他(防除体系に未記載の技術)として、うどんこ病、ハダニ類に対してUV-B電球型蛍光灯(紫外線)を照射することにより、発生を抑制する技術を紹介しています。UV-Bは紫外線の一部の波長で、この波長を中心に発光する専用の電球型蛍光灯を電照ランプと同様にイチゴ群落の上部に配置して照射を行います。その他、アザミウマ類に対しては天敵であるアカメガシワクダアザミウマの活用が期待される、としています。これは、前述の防虫ネットとの組合せによる防除効果の向上を狙ったもので、化学農薬に頼らない防除法を体系化したものと考えられます。

宮城県の栽培マニュアルとIPM

宮城県では、県育成品種の「にこにこベリー」の栽培マニュアルを公開しています参考文献2)。これには育苗、本圃管理(栽培管理、環境管理、養液管理など)、病害虫対策、販売面など広範な内容が記載されており、逐次改訂も行われています。さらに病害虫対策の中に「促成栽培イチゴの IPM 体系」として、県内の促成栽培イチゴでの IPM 体系(P31)を示しています。ここでは,ハダニ類、コナジラミ類、アブラムシ類、アザミウマ類、うどんこ病、炭疽病、灰色かび病、萎黄病について月別の薬剤や天敵、物理的防除の内容が示されています。特にハダニ類とうどんこ病による被害が多く、多発すると大きな減収につながるとして、以下の対策を提示しています。

促成栽培イチゴでのIPM体系(宮城県 にこにこベリー栽培マニュアルより)

本圃への病害⾍持ち込み抑制技術として、高濃度炭酸ガスによる定植苗くん蒸処理をあげています。これは、本圃での病害虫発生の大きな原因のひとつに「苗からの持ち込み」をあげ、苗に寄生したハダニ類を定植前に防除し,本圃への持ち込みを抑制する技術として、高濃度炭酸ガスによる処理を紹介しています。内容は前述の長崎県のものと同様になります。

ハダニ類に対する天敵利用技術として、チリカブリダニとミヤコカブリダニの2種類の天敵カブリダニ類の使用をあげています。ここではイチゴに寄生するハダニ類のみを餌として捕食するチリカブリダニを、圃場内でハダニ類の寄生が見られた場合の「農薬的利用」に供します。またハダニ類以外にもイチゴの花粉を餌として生育することが可能なミヤコカブリダニを、圃場内にハダニ類の寄生が見られない場合に「共存的利用」として放飼してハダニ類の発生に備えるとしています。これら2種類の天敵の利用時期や活用例も図解で示しています。

ハダニ類の呼吸器官である気門を物理的に封鎖して窒息死させる殺虫剤の気⾨封鎖型薬剤の利用をあげています。気⾨封鎖型薬剤は抵抗性発達のリスクが極めて少ない農薬とし、様々な製品の多くが天然物由来成分や食品添加物を有効成分としており、環境保全型農業資材としても有効としています。また気⾨封鎖型薬剤の種類によっては、アブラムシ類やコナジラミ類、うどんこ病にも効果が認められるとし、これらへの同時防除効果も期待できるとして各社の製品と効果の一覧用を掲載しています。

紫外線(UV-B)照射の活用として、うどんこ病とハダニ類への防除をあげています。うどんこ病に対しては、前述の長崎県での例と同様にUV-B 電球形蛍光灯をイチゴの上(1.2m~2m程度の位置)に設置し、毎日午後 11時~午前2時までの3時間照射しイチゴの抵抗力を誘導してうどんこ病の発生を抑制する有効な技術としています。またUV-B 照射と反射資材のタイベックシートを併用することで、ハダニ類が主に生息している葉裏に UV-B を反射させて防除する方法を紹介しています。

本マニュアルの附録として「にこにこベリー」栽培暦が掲載(P60)されています。ここには旬別の基本作業と環境管理と肥培管理、病害虫防除のポイント、および作業上の注意事項が記載されています。

「にこにこベリー」育苗暦(「にこにこベリー」栽培マニュアルより)

みどりの食料システム戦略への対応

農林水産省では、農林漁業の持続的発展等を確保するよう、令和3年5月にみどりの食料システム戦略を策定し公表しました。また令和4年には同戦略の実現を目指す法制度として、みどりの食料システム法(通称)が制定・施行されました。これにより化学肥料・化学農薬の使用量の低減や温室効果ガスの排出量の削減などを促進するための具体的な施策が、都道府県レベルでも進行しています。前述の長崎県や宮城県などのイチゴ栽培に関するIPMの取組みにおいても、今後はみどりの食料システム戦略で定められた化学農薬(リスク換算)使用量削減目標(KPI)にもとづき、減農薬の取組みが進展するものと考えられます。なお、参考文献3)には、KPIに対する進捗状況が公表されており、2021年の実績値として9%削減(2050年目標値:50%削減)が示されています。

参考文献

1)いちごIPM防除体系マニュアル長崎県版(2019年)、長崎県農林技術開発センター環境研究部門病害虫研究室

2)令和2年度「にこにこベリー」栽培マニュアル(2020年)、宮城県農業・園芸総合研究所

 

3)みどりの食料システム戦略本部 第11回(令和5年3月30日(木曜日)開催)、資料1-1 「みどりの食料システム戦略」に基づく取組の進捗状況、農林水産省

 

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