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防除暦について① ー防除暦とIPM、トマトの例ー

農研機構による農業技術事典の病害虫防除暦の項では、病害虫防除について二つの方式を示しています。一つは、「病害虫が発生して被害が出そうになるたびに、それに応じて防除する対症療法的な防除」をあげています。これは発生に対し都度即時的に対応するもので、発生状況の観察と病害虫の同定、対処法の選択と実施などの行為が伴います。もう一つには、「あらかじめ1年間の病害虫の生活環と作物の生育を組み合わせて被害の発生時期を予測し、それに応じた防除作業を季節を追って配列して暦を作り、それに従って防除を行なう計画的な方法」をあげています。この考え方が防除暦の元となっており、JA生産部会単位などで暦としての防除計画が策定されています。本記事では、施設トマト栽培を例に防除暦と最近の総合防除(IPM:Integrated Pest Management)との関係などについてご紹介します。

防除暦とは

 

ネット上には、様々な地域、品目の防除暦の公開がみられます。また、生産者のハウスや作業場では、大判に印刷され壁などに貼られた防除暦を目にすることも多いと思います。各種の防除暦に共通していることとして、以下の点があげられます。

  • 定植期、開花期、収穫期など、年間の作型に沿った防除のスケジュールとして整理されている。
  • 発生が予想される病害虫の種類と時期が、暦に示されている。
  • 病害虫の種類ごとに、発生時期、予防的な防除方法、使用薬剤や資材、薬剤の希釈倍率、注意事項等が示されている。
  • 防除の他に、年間の作業計画も盛り込んだものもある。

防除暦の効用と問題点

前述の農業技術事典では、病害虫防除暦について、「作目ごとに、その地方に発生する主な病害虫の予防手段を季節的に並べた暦を作成し、それに従って防除すれば病害虫の発生を完全に抑制できるとの考え方の下に防除暦は作成された。」と述べています。あくまで主要病害に対する予防的な措置であり、新たにその地域に発生したもの、正体がよくわからないものなどには、個別に対応する必要があると言えます。さらに「防除暦によって被害を未然に防ぐことができたものも少なくない。病害虫防除が計画的に行なわれるようになったことは、農業技術の普及、指導上大きな便宜を与えた。病害虫防除だけでなく、一般の農作業とも一体となった作業暦として、農作業全体に及ぼした影響は大きい」と、メリットをあげています。営農指導や普及指導、そして病害虫防除所による情報発信や防除指導と一体化し、防除歴の内容や運用も発展したものと考えられます。

一方で農業技術事典には、「いったん完成した防除暦を守ることにこだわり、機械的に防除を繰り返し、必要以上の農薬を投入する傾向が生じ、抵抗性病害虫の発生を助長することの一因にもなった。」との記述もみられます。機械的な防除による農薬の多用は、農薬への抵抗性を持つ病害虫の発生につながり、いたちごっこを誘発しているとの指摘と考えられるでしょう。近年はIPMの導入により、防虫ネット等の利用による物理的防除や、天敵導入による生物的防除などによって農薬を使った化学的防除の低減が定着しており、機械的に農薬を多用する行為は抑制傾向にあります。さらに農林水産省の主要政策である「みどりの食料システム戦略」参考文献1)において、環境負荷の低減のため化学農薬使用量の削減目標がKPIとして掲げられています。今後は一層の減農薬化の流れの中で、防除暦の内容も変化や進化を遂げることが考えられます。

IPMと防除暦

IPMでは、対象を作物の病害虫の防除だけでなく、雑草の防除にも拡張しています。農林水産省が2005年9月末に公表した「総合的病害虫・雑草管理(IPM)実践指針」参考文献2)において、IPMの定義を「総合的病害虫・雑草管理とは,利用可能なすべての防除技術を経済性を考慮しつつ慎重に検討し,病害虫・雑草の発生増加を抑えるための適切な手段を総合的に講じるものであり,これを通じ,人の健康に対するリスクと環境への負荷を軽減,あるいは最小の水準にとどめるものである。」とし、消費者の安全や環境負荷軽減をIPMの目的に掲げています。さらに、「また,農業を取り巻く生態系の攪乱を可能な限り抑制することにより,生態系が有する病害虫及び雑草抑制機能を可能な限り活用し,安全で消費者に信頼される農作物の安定生産に資するものである」とし、化学農薬による生態系への影響の抑制も目的としています。

同指針ではIPMと防除暦について、「各都道府県は、IPMを推進するため、本指針を活用して各都道府県の実情に応じたIPM実践指標を主要作物・地域別に策定する必要がある。この実践指標は 新たな技術や実証データの蓄積状況により随時見直しを行うとともに、これまでの防除暦の内容についても見直す必要がある。」としています。さらに都道府県の防除基準及び防除暦の見直し等について、「農業者が病害虫・雑草の防除を行う際に参考にする資料として、都道府県が作成している防除基準及び普及指導センターや農業協同組合等が作成する防除暦、栽培暦がある。今後、この防除基準や防除暦の作成に当たっては、IPMの定義と目的を可能な限り反映させ、病害虫・雑草の発生状況に応じ多様な防除手段の中から適切な防除手段を選択することができるようにする。」としています。

このように、地域で策定される防除暦や栽培歴の策定には、最新のIPMの考え方や内容を出来る限り反映させる必要があると言えるでしょう。次項では、こうした取組みの具体例をご紹介します。

熊本県でのトマト栽培におけるIPMと防除暦

全国でトップのトマト生産県である熊本県では、参考文献3)に「熊本県病害虫・雑草防除指針<令和5年度(2023年度)版>」として、「(1)農薬安全使用の推進」、「(2)農薬の安全かつ適正な使用の推進とともに、環境保全に配慮した防除、発生予察に基づく効率的な病害虫防除の推進」、「(3)発生予察に基づく効率的な病害虫防除の推進」の3点を掲げています。IPMについては(2)において、「本県ではこれまで、主要な農産物25品目について IPM 実践指標を策定しており、今後、現場での実践指標の活用を通じて IPM の普及を推進する。」としています。このIPM実践指標は、前述の農水省の「総合的病害虫・雑草管理(IPM)実践指針」に従い策定されたもので、参考文献4)に促成トマトでの例が示されています。

この指針において、促成トマトの栽培時期ごとの管理項目と管理ポイントが具体的に示されています。内容を以下に①時期、②管理項目、③管理ポイントの順に抜粋します。

  • ①育苗圃、本圃準備、②ほ場及びその周辺の管理、⓷ハウス内及びハウス周辺の除草により害虫の発生を防ぐ(他)。
  • ①育苗期、②適正な品種の選定(他)、⓷発生が考えられる土壌病害に応じた適切な抵抗性台木を使用する(他)。
  • ①定植。収穫時期、②コナジラミ類媒介ウイルス病対策(他)、⓷野良生えトマトなど感染源となる植物を除去する。目合い0.4mmの防虫ネット展張により、タバココナジラミのハウス内侵入を抑制する。黄色粘着テープや光反射シート等を利用した物理的防除を行う。発病株を認めたら、早期に抜き取り、適切に処分する。県内の促成トマトで発生しているタバココナジラミは、バイオタイプQが主体である。本種に効果が認められる農薬を選択する(他)。

このように、化学農薬の散布による化学的防除だけでなく、防虫ネット利用などによる物理的防除、抵抗性台木利用などによる耕種的防除も取り入れられています。参考文献5)には、前記の「熊本県病害虫・雑草防除指針<令和5年度(2023年度)版>」におけるトマトの病害虫防除について、主要病害19についてのA 発生生態、B 化学薬剤以外の防除方法、C 薬剤防除のポイントが、具体的に記されています。Aでは発生条件やカラー画像による具体的な病徴が、Bでは防虫ネット利用や消毒等の物理的防除や耐病性品種や弱毒ウィルスなどによる耕種的防除などが示されています。

熊本県では、以上のような指針、指標を県内向けに経年で整備しており、それらを元に各地域のJAなどが中心となって防除暦を作成し活用しているものと考えられます。トマトの大産地であるJAやつしろでは、重要病害であるトマト黄化葉巻病やトマト黄化病の対策として、産地全体でのトマトを栽培しない期間を定め厳守を求めています。また栽培終了後においても、株を枯らした後にハウスを一定期間密閉しての媒介昆虫であるコナジラミの根絶なども求めています参考文献6)。こうした取組みを産地全体で進めることも、IPMと防除暦の活用の一環と言えるでしょう。

今後の展開

近年、トマト栽培でのコナジラミの防除に、カメムシの一種であるタバコカスミカメが天敵として用いられるようになりました。参考文献7)は静岡県が公開したマニュアルで、天敵の

放飼や住家となる植物の栽培についてや、防除暦での化学農薬散布時期との関係などが具体的に記されています。こうした技術について防除暦に組み込むことで、減農薬の進展が期待されます。

本記事は、こちらに続きます。

参考文献

1)みどりの食料システム戦略トップページ、農林水産省

2)総合的病害虫・雑草管理(IPM)実践指針、農林水産省

3)熊本県病害虫・雑草防除指針<令和5年度(2023年度)版>、農薬安全使用と病害虫・雑草防除の基本方針、熊本県農業技術課

4)熊本県病害虫・雑草防除指針<令和5年度(2023年度)版>、熊本県IPM実践指標【促成トマト】、熊本県農業技術課

5)熊本県病害虫・雑草防除指針<令和5年度(2023年度)版>、病害虫の防除(トマト)、熊本県農業技術課

6)営農情報「今後の管理(トマト、ミニトマト)」、JAプレスやつしろ 2021年6月 Vol.307 P10、八代地域農業協同組合

7)天敵の利用を核とした施設トマトの新たな害虫防除体系マニュアル -中部地方版 2019年3月25日、静岡県農林技術研究所

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