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イチゴの育苗|均一で病気のない苗をつくるための潅水と管理のポイント

イチゴの育苗は、栄養繁殖作物として親株よりそのクローンである小株を大量に増殖する方法が取られています。一方で近年では、よつぼしなど種子繁殖が可能な品種が育成され、一般の野菜と同じように播種~発芽~1次育苗(~2次育苗)~定植といった育苗プロセスも可能になっています。本記事では、従来よりあるイチゴの栄養繁殖による育苗について紹介します。栄養繁殖によるイチゴの育苗プロセスは、親株の養成、子株の養成、花芽分化促進の3段階からなります(参考文献1)

親株の養成

親株の養成には、土耕栽培を行う方法と、高設栽培やプランター栽培などにより隔離栽培を行う方法があります。土耕栽培は簡易なもので初期投資も少なく済みますが、土壌病害の影響や泥や水の散乱による炭疽病の伝染リスクがあります。そのため近年では隔離栽培によるものが主流となっています。

隔離栽培では、高設ベンチ上でヤシガラ培地やバーミキュライトなどの人工培地や、殺菌処理をした土壌を用い土壌病害の発生を防止します。培地の種類は多様で、様々な混合を行う場合も多くあります。また高設化によって親株からのランナー採りを、空中採苗などにより立体的に行うことができ、作業性を向上しています。ベンチの上にプランターを置いて培地を詰め、手潅水により管理を行う簡便な方法から、自動潅水装置が付いた専用の親株育成兼苗取りの装置など、様々な形態があります。

隔離栽培での潅水方法は、自動化する場合には液肥混入機とタイマーによる制御を行うのが一般的です。培養液濃度は低く、また育苗初期には蒸散量も少なく根痛み防止のために潅水回数も抑える必要があります。育苗後期にはランナーを通じて多数の子株を抱える形になり、蒸散量も急激に増えるため潅水回数をそれに応じて増やす必要があります。

子株の養成

子株の養成は、ランナーで親株と子株がつながった状態で子株をポットなどで育苗を行う受け苗と、ランナーを切り離してポットなどの培地に子株を挿して育苗を行う挿し苗などの方法があります

受け苗では、子株の発根をランナーがつながった状態でじっくりと行うことができ、安定した方法と言えます。子株への潅水が不十分であってもランナーを通じ親株より養水分が供給されるためです。受け苗では子株をポット育苗することが多く、培地量も多くなり、また子株の育苗スペースも多く取る必要があります。また受け苗を行う作業の期間も長くなります。

 

挿し苗では、ランナーを切り子株を親株から切り離して小型のポットなどの培地に挿す形になります。一度に大量の子株採りを行い、いっきょに挿し苗を進めることになり、短期集中型の作業となります。挿し苗の作業後は、子株の発根が進み安定した活着状態となるまで、遮光やミスト噴霧などで萎れを防ぐなど、管理に注意を要します。受け苗に比べ、作業、育苗スペースとも集約的に行えることが特徴になります。

農業では、生産者が持つ技術や生産施設の能力などが注目されることが多くあります。しかしそれらは作物が持つ能力、すなわち品種の特性=遺伝子の特性を発揮するための補完手段と言えるでしょう。逆に品種の選定が適切でなければ、いくら技術や施設が高いレベルにあっても十分な結果は得られないことになります。また品種選定は栽培技術や環境制御技術との関係やバランスも考慮し、その地域にあった作型の中で検討する必要があると言えます。

イチゴの挿し苗
親株からのランナーを切断し、少量培地に挿した状態の苗。発根促進のために遮光やミストによる加湿を行う。
ベンチ上で連結ポットにより育苗中のイチゴ苗
潅水は、頭上からミストノズルやシャワーにより行う。
セルトレイによる少量培地育苗(韓国)
潅水は点滴チューブにより行われている。

花芽分化促進

イチゴの一季成り性品種は低温短日条件で花芽形成がされ、冬から春にかけて収穫が行われます。これをクリスマス時期など年内に収穫を前進させるため、また花芽分化を安定させるためなど、様々な方法で花芽分化の促進が行われています。

方法のひとつとして、高冷地育苗があります。これは昭和40年代に栃木県で始められたもので山上げとも呼ばれ、夏期に高冷地に苗を移動し花芽分化を促進するものです。苗の輸送の負担もあり、地域的にも限定されるため、現在は行うことは少なくなっています。

高冷地育苗に代わる方法として、ポット育苗、低温暗黒処理などのさまざまなイチゴの花芽分化促進による前進化技術が開発されています。ポット育苗は前出のものですが、育苗培地容量を少なくし、肥料管理によって窒素量を低減することで、子株を栄養生長から生殖生長へ移行することが容易と言われています。

低温暗黒処理は、育苗棚やコンテナに苗を密集させ、暗黒の庫内で12℃程度の低温処理を行う方法です。設備があれば簡易に処理が可能なものですが、処理前に植物体の窒素濃度が低下していること、子株が充実した大苗になっていることなど、花芽分化のための条件があります。「処理開始前の葉柄搾汁液中の硝酸態窒素濃度として50ppm以下という窒素レベル」という目安があります(参考文献2))。

花芽分化促進方法とイチゴの育苗方法につては、参考文献1)に、日長調整(短日処理)、気温調整(冷房、冷涼地域、気化熱利用)、イチゴの生育調整(窒素中断、断根)と分類されています。低温暗黒処理は日長調整と気温調整を組み合わせた方法で、他の方法も組み合わせることが多いものです。

夜冷育苗庫(右の扉奥)
低温暗黒処理を行うため、完全遮光による暗黒条件とエアコン冷房による低温処理をイチゴ苗に与えている。
高設ベンチに定植したイチゴ苗
点滴チューブによる少量多潅水を行っている。

イチゴ育苗のポイント

イチゴの育苗において生産者は、品種の選定、親株の入手、親株の育成と病害管理、挿し苗や受け苗などによる子株の増殖、子株の育成と病害管理、花芽分化促進など、多様な計画と作業や処理を進める必要があります。またイチゴ栽培は、10a当たり7000株程度など、大量の子株を必要とし、それらを均一かつ良苗として育成する必要があります。

育苗期間も長期にわたり、本圃の作業と重なる場合もあるため、これらは生産者の負担となることも多くみられます。最初にご紹介した種子繁殖品種は、セルトレイ育苗やセル苗直接定植も可能で、また四季成り品種を利用すれば花芽分化促進の処理負担も軽減されます。今後はこうした新たな品種や、それに伴う苗の入手と育成方法についても検討する必要があると考えられます。

参考文献

  1. 齋藤弥生子,育苗技術,『農業技術大系』野菜編 第3巻,農文協,2012.
  2. 低温暗黒処理、『NAROPEDIA』、農研機構
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