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トマトの養液栽培について②

本記事では、「トマトの養液栽培について①」に続き、さまざまな養液栽培の方式や特徴についてご紹介いたします。

Dトレイ方式

Dトレイ方式は、Dトレイと呼ばれるイチゴ育苗用の連結ポットを用いるものです。Dトレイは、D字の断面形状をした容量250ミリリットルの樹脂製ポットを10個連結したもので、1つ1つ独立したポットよりも定植や撤去などの作業性が良いと言われています。パイプベンチにDトレイを並べ、1トレイ10個のポットのうち半分程度に苗を定植します。培地はロックウール細粒綿などを用い、潅水はドリッパーによる点滴で行い、排液はDトレイ下の樋により回収し系外に排出するかけ流し方式です。250ミリリットルと非常に少量の培地による栽培のため、少量多潅水が必要になります。また潅水回数の調整などにより適度に水分ストレスをかけることで、糖度のアップが期待できます

 

作型は年3作程度の低段密植栽培が多くみられ、大玉トマトで3~4段程度、ミニトマトで7段程度で摘心し、栽培終了後にはすぐに撤去と次作の定植をすることで周年栽培が行われています。低段密植栽培では高い誘引位置が不要であり、軒の低いハウスでも可能なため、近年では耕作放棄などによる空きハウスのリノベーションによりDトレイ方式に取り組む生産者もみられます。

Dトレイ (Daisen HPより)

保水シート耕

保水シート耕は、野菜茶業試験場が開発した1段摘心栽培などの低段密植密植栽培のための方式です参考文献2)。発泡の栽培槽の中に定植台と呼ばれる凸部に苗を載せ定植を行います。凸部の下に溜まる培養液を保水シートと呼ばれる不織布や防根シートの毛管現象で吸い上げ、根に供給します。潅水は凸部に載せた潅水チューブよりタイマー制御により間断で行います。栽培槽はパイプベンチに載せ、誘引位置は1~3段摘心が可能な程度の高さになります。栽培槽からの排液を培養液タンクに戻す循環式になります。

 

 

保水シート耕は10a当たり6,000~10,000株程度の低段密植栽培で実用化され、高ECの培養液供給による高糖度トマト栽培が行われています。大量の苗が必要になるため、プールベンチなどによる自家育苗が必要になります。また栽培ブロックごとに循環タンクを多く設置することで、作付をずらしながら1ブロック年3作程度の栽培を切れ目なく行って周年化がされています。宮崎県門川町では産地が形成され、大玉トマトを小さく絞った高糖度トマトとして出荷されています。

保水シート耕方式の栽培層の模式図(野菜茶業研究所 技術資料より)

NFT

NFTは、Nutrient Film Technique の略称で、1枚のフィルムで根圏を包み、傾斜に沿って培養液を循環させる方式です。実際はフィルムを発泡の栽培槽内に敷き、栽培槽をパイプベンチなどの架台に置き、全体を傾斜を持たせ上流から給液を行い培養液を循環させます。架台の高さを低く抑え、軒の低いハウスでも余裕を持ち誘引ができるように設置するケースがみられます。NFTは古くからある養液栽培の方式のひとつで、装置を自作し取り組むことも生産者もいます。またメーカーによるプラント販売もあり、各地で栽培が行われてきました。

NFTでは常時培養液を循環させる連続給液と、タイマーで循環ポンプを入り切りする間断給液があります。前者は栽培槽に大量の培養液を常時抱えており、後者は循環終了後に栽培槽内の多くの培養液が循環タンクに戻ります。そのため後者では大容量の循環タンクが必要となります。また栽培槽内にルートマットと呼ばれる根の厚い層が形成され、作付け終了後にはルートマットを巻いて撤去します。NFTでは豊富な地下水があれば、循環タンク内の培養液を地下水との熱交換により温度調整することも可能で、特に夏場の培養液温が上がり湯だってしまうような状況を防止できるでしょう。

NFT 薄膜水耕 (農水省HPより)

噴霧耕

噴霧耕は、発泡などの栽培槽中でミストノズルから培養液を根に直接噴霧して潅水を行う方式です。根は栽培槽の中の空間に伸び、ミスト潅水を受ける他、常時空気に触れており呼吸をしやすい状態にあります。噴霧した培養液は回収され、循環再利用します。メーカーによるプラント販売により産地で導入されたものもあります。ミスト潅水は人工光型植物工場での葉菜栽培では歴史がある方式でもあります。

トマトの養液栽培

まとめと今度の展開

以上、様々なトマトの養液栽培の方式を紹介してまいりました。現在は固形培地耕が数多く普及していますが、その他の方式も特徴を活かしながら利用されています。近年はオランダ型の高軒高ハウスでの固形培地耕によるハイワイヤー栽培で高収量を得るスタイルが、特に大規模施設園芸では主流となっています。しかしそれは一般的な軒の低いハウスには適したものではなく、そこでは誘引位置が低い低段密植栽培や、地床に近い低い位置にあるNFTなど、その他の様々な方式が使われています。また少量潅水による水ストレスや、高EC培養液による塩ストレスをトマトに与えることで高糖度トマトを栽培する場合にも、それに適した方式が選択されています。

養液栽培の設備はプラントメーカーから一式で提供されるものの他、生産者自身が組み立てたり、自作するケースもみられます。大量に必要な発泡栽培槽についても生産者が仕様を決め金型製作を依頼してオリジナルの形状のものを製造委託するケースもあります。その他の潅水資材やコントローラ、ベンチなども、市販の資機材を組み合わせて施工が可能なものが数多くあり、導入費用の節減の余地もあると言えます。

養液栽培の一番のメリットは、土壌にまつわる様々な作業や障害の回避と言えます。それは土壌病害、土壌消毒、土作りなど多岐に渡り、対策や作業に費用と時間を要するものも数多くあります。また土耕栽培では消毒などに休耕期間も必要となりますが、養液栽培では不要な期間になります。その代わりに収穫期間を延ばすことや、作替え作業を最短1週間程度で行って、すぐに次の作付けに切り替えるなど、養液栽培は機動的な栽培と言えるでしょう。特に作付け回数の多い低段密植栽培は、養液栽培ならではのものと言えます。

養液栽培の一番のデメリットとして、初期投資の負担があげられます。近年の資機材価格の上昇によりさらに顕著となっており、特にハウスも新設した場合の初期投資の回収は年々難しくなっている状況のようです。また近年はトマトの養液土耕栽培でも、高軒高ハウスによるハイワイヤー栽培が栃木県などで普及しており、40t/10a以上の高収量も可能になっています。この場合の生産原価は養液栽培の場合よりも低レベルになり、経営的にも有利になるでしょう。

以上のように養液栽培でなければ実現できないトマト栽培もあり、コスト面のデメリットを超えるメリットを得ることも不可能では無いでしょう。一方で高収量のみを求め養液栽培に取り組んだ場合には、生産原価の上昇の他、他のトマトとの差別化ができなければ価格競争に飲み込まれるリスクもあると考えられます。養液栽培による大規模なグループでの生産や販売を行っているカゴメ、サラダボウル、サンファーマーズ参考文献4)などでは、こうしたリスクを回避するよう、品質面や販売面などの様々な工夫や取組みも行われています。

参考文献

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