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キュウリの養液栽培について②

本記事では、「キュウリの養液栽培について①」に続き、さまざまな養液栽培の方式や特徴についてご紹介いたします。

固形培地耕(ココピート他)

固形培地耕によるキュウリの養液栽培には、ロックウールを用いるものの他にココピート(ヤシガラ)を用いる事例がみられます。ココバック(ヤシガラのスラブ)に、キュウリ苗を植えた同じくやしヤシガラのポットを載せ、ドリッパーでポットに潅水するものです。排液は樋などで回収し系外に排出するかけ流し方式が一般的になります。

参考文献1)、2)には、徳島県南部の古くからのキュウリ産地での新規就農者による養液栽培の取り組みが紹介されています。産地が縮小する中で県外からの移住による新規就農者による「きゅうりタウン構想」が取り組まれ、未経験であってもキュウリ栽培を学べる「海部きゅうり塾」が運営され、次世代園芸実験ハウスと呼ばれる施設でのココピートによる養液栽培の研修が行われています。台風地域であり、耐候性ハウスの施設園芸団地の建設も行われ、2017年よりココピートを用いた固形培地耕によるつるおろし栽培が取り組まれています。土壌消毒や土づくりは不要で、定植時期も自由であるため、現地では様々な作型が取り組まれているようです。

参考文献3)には、佐賀県伊万里市でキュウリの養液栽培と土耕栽培に取り組む中山道徳氏が紹介されています。当初は土耕栽培で40t/10aという高収量をあげていましたが、作業性の改善などのためココバックによる養液栽培を始め、その後も増設を行っています一般に流通するキュウリの接ぎ木ポット苗をココバックに置き、ポットにドリッパーを挿して給液を行っています。佐賀県や県内市町村では、新規就農者などへの施設設備への補助事業があり、中山氏や前述の大町町の鵜池氏など、養液栽培への設備投資も一部で進んでいるものと思われます。

バッグカルチャー

バッグカルチャーは、袋に詰めた培地を床面に置き、点滴潅水などにより栽培を行う方式です。前述のヤシガラ培地を詰めたココバックなどが使われることがあります。千葉県ではバックカルチャーと養液土耕栽培を組み合わせた年2作型の「土耕・培地耕交互栽培」を開発しています。これは、ネコブセンチュウによる土壌病害が広まり、土壌消毒を作ごとに行っても被害がなかなか解消しない中で考案された方式です。

参考文献4)では、畝の中央から右半分で秋定植の養液土耕栽培を行い、その後は夏期のバックカルチャー(培地耕栽培)を左半分で行う方式を模式図で示しています。養液土耕栽培、バックカルチャーとも同じ給液配管やドリッパーを用いています。この方式により、バックカルチャーによる土壌病害の回避を行いながら、土壌消毒の回数を削減でき、その分の栽培期間や収穫期間を延長できるという効果も期待されます。土壌消毒は「必要に応じ培地耕定植前に土耕畝へ低濃度エタノール等による処理を行い、培地耕栽培と並行して土壌還元消毒を行う。」とあります。また「畝に掛け流しされる排液中の硝酸態窒素量は後作の土耕栽培で利用されます。」とあり、肥料削減効果も期待されるようです。

NFT・散水毛管水耕

ここまで紹介したキュウリの養液栽培の方式は、すべてロックウールやココピートのスラブを用いたものでした。その他に培地を用いない水耕栽培の方式も存在します。参考文献6)には、「キュウリのNFT・散水毛管水耕システム」という方式が記されています。NFTは傾斜させた栽培槽にフィルムを敷き培養液を流して循環させる方式です。また毛管水耕は毛管水とよばれる現象により培養液面に接した根が能動的に培養液を吸い上げる方式です。湿気中根と呼ばれる根が空気中に晒されるため、酸素供給を積極的に行うことができます。「キュウリのNFT・散水毛管水耕システム」では、さらに散水が加わっており、おそらく栽培槽内での散水により培養液を供給するものと思われます。同文献では、「独特のベッド構造により、キュウリの根に必要な溶存酸素が確保できる→栽培の安定と多収をもたらします。」とあり、これにより年3作型での40t/10aという高収量を得ているとのことです。参考文献7)には湿気中根による収穫最盛期の根群発達の様子が画像で示されており、また栽培槽内の温度を加温や冷却により20~21℃になった培養液の循環散水により行っているとあります。また同文献では、キュウリは収穫が始って約60日位は草勢が強く保たれ易いことをあげ、1作型の収穫期間を約100日前後に設定し、とあり、摘心栽培による年3作型で可販果率90%超えを確保も可能、とあります。

噴霧耕

噴霧耕は噴霧水耕とも呼ばれ、栽培槽の中でミストを根に噴霧して給液を行う方式です。参考文献8)のリーフレットには栽培槽内の構造が記載され、根の横方向からミストを噴霧する形になっています。また根はミストが当たる空中の湿気中根と、栽培槽下部の培養液溜まりにある水中根とがあり、前述の「NFT・散水毛管水耕」と同様に湿気中根を発達させ根の酸素供給を促すものと思われます。噴霧耕によるキュウリ栽培は農研機構との共同研究による年3作型が実証されており、摘心栽培と環境制御技術の組み合わせで、37.7t/10aの高収量になるとのことです。

今後の展開

キュウリの養液栽培は、トマトやイチゴのように広く普及してはなく、産地化も遅れていると言えます。生育速度が早い作物のため、養液栽培による充分な培養液の供給などによってそれがさらに早くなることで、収穫等の作業が追い付かない問題もあるようです。そうした点について、JA全農のよる固形培地耕(ロックウール)でのハイワイヤー栽培での取り組みでは、収穫位置を一定にして作業を単純化したり、高所作業者による誘引により作業速度を高めるなど工夫を行っています。また一部の例では、一般的なつるおろし栽培から、摘心を加えた更新栽培を採用し伸長量と節数を抑えながら、省力的に収量を確保する取り組みも行われています。

養液栽培のメリットである土壌消毒や土作りからの解放を活かし、栽培終了時から短期間で作替えを行って収穫期間を確保し、さらに成長速度の早さを活かして短期で収穫を開始する作型も始まっています。トマトの養液栽培は長期1作型が中心ですが、キュウリの場合には年2作型や年3作型があり、またおのおのの定植時期にもバリエーションがあります。苗の準備ができれば、作替えが短期間で行える養液栽培のメリットを活かした機動的な作付けも可能と言えるでしょう。

参考文献

  1. 特集記事2019年2月28日「移住就農するなら海部きゅうり塾へ!海部エリアで始める新しい暮らし」,四国の右下移住ナビ,徳島県南部総合県民局 地域創生防災部
  2. 原田正剛,次世代に向けたキュウリの産地形成における養液栽培の役割(2021),施設と園芸(193),38-42
  3. 伊万里の先進的なキュウリ農家を紹介します! 中山道徳さん,伊万里・有田でキュウリ栽培始めませんか,伊万⾥⻄松浦農業改良委員会
  4. 矢内浩二,キュウリの土耕・培地耕交互栽培ー土耕と養液栽培のいいとこどりで安定多収を実現ー 2020年11月1日,千葉県農林総合研究センター野菜研究室
  5. 大木 浩 ・鈴木秀章,キュウリの土耕・培地耕交互栽培における夏期のヤシ殻培地耕の収量性,ネコブセンチュウ密度に及ぼす影響および土壌への硝酸態窒素の排出量(2018),園芸学研究 17 (4) P431–437
  6. かっぱランド™,ナッパーランド・ネット
  7. 稲山光男,キュウリのNFT・散水毛管水耕システムの開発と周年高品質多収生産の栽培 (2020),施設と園芸(188),20-25
  8. カネコ スプレーポニック®(キュウリ),カネコ種苗(株)
  9. 養液栽培によるキュウリの周年栽培,平成30年度指導活用技術手引き,福井県農業試験場
  10. 東出忠桐・後藤一郎・鈴木克己・安場健一郎・塚澤和憲・安 東赫・岩崎泰永,収量構成要素の解析からみたキュウリ短期栽培の摘心およびつる下ろし整枝法の差異(2012),園芸学研究 11 (4)  P523–529
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