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熊本県の施設園芸と野菜生産③ ートマト大産地の八代地域ー

本記事では、熊本県内でも全国的にもトマトの大産地となる八代地域でのJAや生産者の取り組みについてご紹介します。

トマト大産地のJAやつしろの取り組み

JAやつしろ管内は出荷量全国一の冬春トマト産地で、熊本県内トマト作付け面積の約半分を占めています。農畜産業振興機構が発行する月刊誌野菜情報の記事「野菜価格安定制度と産地の取り組み(第2回 トマト編)~全国一のトマト産地 熊本県八代地域の取り組み~」1)では、JAやつしろのトマト生産販売について紹介しています。以下にその一部を引用します。

『JAやつしろは、多様で豊かな八代平野の自然環境を活かし、昭和41年に八代地域が冬春トマト、53年に夏秋トマトが指定産地の指定を受け、リース方式による施設園芸ハウスの導入、選果場の整備、トマト指導員の配置など生産基盤の強化と安定出荷に取り組んできた。(中略)次の六つの取り組みを重点的に進めてきた。①選果場の再編と同一選果機導入による4生産部会とJA熊本うき(宇城)を含めた規格・品質統一 ②専門的営農指導員の配置と施設園芸ハウスの導入 ③栽培履歴の徹底 ④消費地での宣伝・販売 ⑤新商品の開発 ⑥八代地域としての取り組み。』

昭和期からのトマトの指定産地として、JAやつしろでは様々な環境整備や開発販売活動を進めてきました。「はちべえトマト」のブランド化(規格・品質統一。栽培履歴の徹底等)を進め、①の選果場再編では、トマトで現在は5選果場(北部野菜果実選果場、中央トマト選果場、南部トマト選果場、西部トマト選果場、ミニトマト選果場)が整備されています

 

またトマト栽培専門の営農指導員の配置により、トマト部会員に対する栽培指導を行っています。営農情報として「今後の管理(ミニトマト・トマト)」がJAプレスやつしろ(発行:JAやつしろ)に掲載されており、その時々の気候や栽培上の課題などに対応した指導情報2)3)が発信されています。これらはマニュアル的な内容ではなく、具体的な栽培指針や温度管理、病害虫管理の内容が記載されており、専門技術を持った営農指導員のレベルを伺うことができます。さらに熊本県野菜振興協会八代支部とJAやつしろが発行する「八代地域版トマト・ミニトマト複合環境制御マニュアル」といった栽培マニュアルも配布されており、地域の統一的な技術導入や収量向上にも貢献していると考えられます。

JAやつしろでは、部会員全体を俯瞰したデータ活用の取り組みも進められています。日本施設園芸協会の「スマートグリーンハウス転換の手引き ~データ活用と実践の事例~」4)には、「大型トマト産地でのデータ活用の取り組み ~JAやつしろトマト部会(熊本県八代市)~ 」として下記のデータ活用の取り組みが紹介されており、その一部を引用します。

具体的には出荷実績の見える化がある。収量、出荷単価、等階級比率等の実績を一覧化、グラフ化し、部会全体での自分の位置を把握できるようにしている。毎作終了後に営農指導員が、JA熊本中央会のアグリシステム(精算データ)と組合員ごとの施設面積データを突き合わせ、下記のような個人別実績資料を作成している。』

ここではトマト部会員約350名について、10a当たり収量と順位のグラフ、10a当たり販売高と順位のグラフ、キロ単価と順位のグラフなどが示され、生産者個人の産地における位置が分かるようになっています。さらに、収量・栽培面積等の部会内の分布図が示されています。これについての説明を引用します。

『収量の分布には大きな幅があり、組合員の栽培技術には差が大きいことがわかる。この点でも、部会内での自分の技術レベルを確認することができ、次の目標を立てるためのモチベーションにもなると考えられる。一方で組合員の平均栽培面積は約1haと大規模化が進んでおり、近年はさらに規模拡大傾向にもある。しかし図表4からは、大規模化は収量増には必ずしも結びついていないため、人員の確保や作業の効率化など規模拡大にともなう新たな課題も想定される。』

図表では、栽培面積1ha規模で単収28t/10a程度の生産者が数名いる一方で、同じ1ha規模の生産者の多くは単収15~20t/10a程度に分布しています。また栽培面積2haを超える生産者も数名存在していますが、単収は15t/10a以下に分布しており、規模拡大が生産性の向上には必ずしも結びついていない状況も伺えます。

 

JAやつしろ管内トマト生産者の事例

 

JAやつしろ郡築園芸部部会長の松本吉充氏と後継者の和大氏の記事が、AGRIくまもと2018年8月「こだわっとる農」に掲載5)されており、ご紹介します。松本氏は大玉トマト150aを経営しています。以前は抑制トマトと春メロンの栽培体系であったものを、現在はトマト長期取りのみの栽培に移行しているとのことです。収穫期間は10月から6月とあり、これはJAやつしろ管内の標準的な作型になります。家族4名と常時雇用1名、外国人技能実習生4名による経営が行われています。これは八代地域での典型的な大規模経営のスタイルと考えられます

 

松本氏が会長を務める郡築園芸部は1961年発足の歴史ある部会で、味にこだわった品質重視のトマト生産をモットーとし、部会員の結束は非常に固いとのこで、全ての部会員が「みんなで儲ける」ことを目指しています。そのために収量の向上と安定化が求められ、地域で多発するトマト黄化葉巻病の対策を徹底し、栽培期間の遵守や防除対策(注:一斉にに栽培を終了、残渣や雑草、野良トマトなどの処理によりコナジラミの防除を徹底することと考えられます)指導しているとのことです。また部会に多くの若手後継者がおり、JAやつしろの藤本指導員より現地検討会や講習会を通じて指導を受け、定期的な情報源として「藤本通信」の発信にも取り組んでいただいているとのことです。こうした指導体制がやつしろの強みとも考えられるでしょう。

後継者の和大氏は新技術導入にも熱心であり、吉充氏が行っていた固形肥料主体の追肥と手動灌水による標準的な土耕栽培に対し、日射量と土壌水分に基づく自動管理を行う新たな養液土耕システムの研究に協力しています。これは熊本県農業研究センターや明治大学、ルートレック・ネットワークスなどによるゼロアグリを利用した潅水施肥技術の研究(ICT 養液土耕システムを活用したトマト促成長期栽培の増収効果6))になります。

 

従来の土耕栽培について吉充氏は「トマトが時期によって収穫量の増加、草勢の低下、収穫量の減少、草勢回復…を繰り返す、波の大きい生育であることに課題を感じていた」としています。またこの研究の取組みを通じて、「灌水・施肥といった地下部の管理が改善されたことによりトマトの生育が安定し始め、温度や湿度等の地上部管理にも目が向いた結果、全体的な環境改善に結びつき、28年産トマトでは収量面についても良好な結果となった」としています。和大氏はその後も技術の改善・向上に取り組み、それを応援する一方で、「これまでの私の考えとは違った管理とその結果を目の当たりにし、私自身の管理方法にも少なからず影響が及んでいることを感じている」と述べています。このAGRIくまもとの記事から年数も経っており、その後の松本氏親子によるトマト栽培の技術は、さらに改善が進んでいるものと思われます。

今後の展開

以上、3つの記事を通じ熊本県の施設野菜生産について、施設面積や栽培面でのトマトを中心にナス、イチゴを含めご紹介をしました。熊本地震を乗り越え今日も国内の主要施設野菜産地としての地位を保っている熊本県ですが、遠隔産地としての物流2024年問題への対応7)や、大規模半導体工場の県内建設による人材の争奪、農地を含めた土地価格の高騰8)など、新たな課題もみられます。おそらくこれからも、県と市町村、産地とJAなどの生産組織が手を取り合い、生産者も力を合わせ、こうした難局も乗り切って行くのではと想像します。今後も様々な点から熊本県の施設園芸と施設野菜生産は注目をあびるものと考えられます。

参考文献

1)野菜価格安定制度と産地の取り組み(第2回 トマト編)~全国一のトマト産地 熊本県八代地域の取り組み~、野菜情報2020年6月号、農畜産業振興機構

2)営農情報 ミニトマト・トマト(今後の管理)、JAプレスやつしろ vol.318 2022.5

3)営農情報 ミニトマト・トマト(今後の管理)、JAプレスやつしろ vol.330 2023.5

4)「スマートグリーンハウス転換の手引き ~データ活用と実践の事例~」(2022)、日本施設園芸協会

5)農家紹介 八代市 トマト産地・農家としてやるべきこと 八代市 松本吉充さん、AGRIくまもと 2018年8月

6) 熊本県農業研究センター アグリシステム総合研究所野菜栽培研究室、農業の新しい技術 ICT 養液土耕システムを活用したトマト促成長期栽培の増収効果(2020)、熊本県農林水産部


7) 物流の2024年問題特設ページ、農林水産省九州農政局


8) [農家の特報班]半導体工場の誘致で農家困惑 熊本・菊陽町、日本農業新聞 2023年5月7日

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