暖房には各種エネルギーを用います。施設園芸での一般的な暖房エネルギー源は重油や灯油、LPGなどの化石燃料になりますが、カーボンニュートラルや脱化石燃料の流れの中で、近年では様々な熱源が利用されています。現状では9割以上が化石燃料利用と言われており、主要エネルギー源として重要な地位を占めています。一方で中長期的にはその他のエネルギー利用へのシフトも考えられます。本記事では、暖房に用いる各種エネルギー源の特徴についてご紹介します。
(1)化石燃料
1)化石燃料とは
化石燃料は、非常に長い期間、地層中に堆積した動植物の死骸が地圧や地熱等の影響で変性したものです。具体的には石炭、石油、天然ガスなどを指し、うち石油から精製される重油や灯油、天然ガス由来のLPGが、施設園芸での暖房用に用いられています。石油は原油としてタンカーで輸入され、石化プラントで精製後、液体の形態で貯蔵され、流通もタンクローリーにより行われています。天然ガスも同様に海外からタンカーにより輸入され、LNGプラントで精製後、液体の形態で貯蔵、流通が行われています。一部には国産の天然ガスもあり、千葉県や新潟県、北海道などでは地域のガス会社による精製やパイプラインなどによる流通が行われています。国産の天然ガス生産量は、国内供給量の2.2%(石油では0.3%)といわれています文献1)。
2)化石燃料とエネルギー自給
化石燃料は電気とともに最も入手しやすいエネルギーで、電気自体も現時点ではその多くが化石燃料由来のものです。しかし国産の比率は前述のように非常に低く、ほとんどが輸入に頼り、また日本のエネルギー自給率は2021年では13.3%となっています文献2)。施設園芸による野菜や果樹の生産は食料の国内自給に貢献するものと言えますが、そこで消費されるエネルギーの大半が海外産であることを、昨今の国際情勢において改めて認識する必要があるでしょう。またこのことは食料安全保障とも密接な関係があると考えられます。さらに資源エネルギー庁のエネルギー白書2024の解説では、カーボンニュートラルと両立したエネルギーセキュリティの確保について、下記の記述があり引用します。
エネルギーの大半を海外に頼る構造が続く限り、日本は今後も価格高騰などのリスクにさらされ続けます。エネルギーをめぐる不確実性が高まる中で、このようなリスクを根本的に解決するには、徹底した省エネや、脱炭素エネルギーへの投資促進策などを通じて、エネルギー危機に強い需給構造へと転換することがきわめて重要となっています。
3)施設園芸等燃料価格高騰対策
化石燃料価格は、国際的な需給による原油相場や為替相場の影響を受け、また近年では国際紛争の影響もあり、高止まりの傾向にあります。一方で円高や原油安となる時期もあり、化石燃料価格が落ち着く時期もありました。農林水産省では、施設園芸生産者や茶業生産者向けに施設園芸等燃料価格高騰対策文献3)を行っています。これは支援対象者と呼ばれる生産者のグループと国が基金を折半で積み立て、燃料価格が一定基準以上になった際に補填を行う制度となります。また支援対象者は3年間で燃料使用量の15%以上削減する省エネ目標と目標達成に向けた取組を設定し、それらの実施が求められます。
これらの施策により、施設園芸経営における3大生産コストと言われるものの1つである動力光熱費(他は人件費、減価償却費)の負担軽減が燃料価格高騰時に行われています。また制度の前提として省エネの推進があり、化石燃料の使用量そのものの抑制が求められています。そして為替や原油の相場変動等による燃料価格の高騰に影響を受けにくい経営への転換を進めることが、この制度の趣旨となっています。
4)みどりの食料システム戦略と化石燃料削減
農林水産省の主要政策の1つである「みどりの食料システム戦略」では、地球温暖化対策として2050年のカーボンニュートラル実現のため、施設園芸に関し次の目標文献4)を掲げています。
みどりの食料システム戦略において、2030年目標として「加温面積に占めるハイブリッド型園芸施設等の割合:50%」、2050年目標として「化石燃料を使用しない施設への完全移行」を設定しており、施設園芸における化石燃料の使用量削減に向けた取組を推進しています。
ここでのハイブリッド型施設園芸とは、電気式ヒートポンプと化石燃料利用の暖房装置を組み合わせた形態を指し、電力利用の比率を上げることで直接的な化石燃料利用を低減させるものと言えます。なお2021年の実績値は10.6%文献5)であり、2030年目標にはまだまだ遠い状況と言えるでしょう。
一方で、地球温暖化対策(ゼロエミッション化)文献6)として、施設園芸の化石燃料からの脱却策として、技術開発面や環境・体制整備面での方向性が打ち出されています。例えば技術開発面では高速加温型ヒートポンプ、透過性が高く温室に活用できる太陽光発電システムなどが、環境・体制整備面では、新技術の低コスト化に向けた現場実証や補助事業におけるハイブリッド施設やゼロエミッション施設の優遇などが示されています。また、最終的には化石燃料を使用する施設を補助事業の対象外とするなどとしており、ゼロエミッション化への意思表示がみられます。また、最終的には農業用A重油の免税・還付措置の廃止としており、現在は特例として免除されている農業者が農業に用いるA重油での石油石炭税文献6)についての対応も記載されています。
(2)木質バイオマス
1)木質バイオマスとは
暖房における化石燃料削減では、森林由来の木質バイオマスがカーボンニュートラルの燃料として注目されています。林野庁のWEBサイト文献8)では「燃料用途としての木質バイオマスは、主に木質チップや木質ペレットに加工され、木材産業や公共施設、発電所等の施設でエネルギー利用されています。」とあります。
また、「公共施設(温泉、温水プール、役場庁舎、社会福祉施設等)や農園芸ハウス等における木質バイオマスボイラーの利用や、学校や家庭における木質ペレットストーブの利用が増えています。」のように用途の広がりを示しています。
2)木質バイオマス利用での留意点
一方で木質バイオマスの熱利用について、日本木質バイオマスエネルギー協会では下記のように述べており、引用文献9)します。
木質バイオマスボイラーは、化石燃料ボイラーと異なり急激な出力調整が苦手であるため、一定の出力以上で連続運転することが望ましいとされています。
化石燃料代の上昇により木質バイオマスの価格が相対的に有利になってきていますが、他方で木質バイオマスは設備費が相対的に高くなること、化石燃料とは使い勝手が異なることなどから、トータルコストで化石燃料よりも有利にならない限り、ユーザーがバイオマス導入のメリットを引き出すことは困難です。このため、バイオマスボイラー導入に際しては、設備費を可能な限り抑えること、年間稼働時間が一定以上あることなどの条件をクリア―することが必要です。
その他に灰処理の必要性や、関連法規への対応についても触れています。このように化石燃料の利用とはコスト面や運用面ではかなり異なる性格があり、それらを踏まえた上での導入を考える必要があると言えます。
また使用する木質チップや木質ペレットの材質、特に含水率は発熱量に影響を与えます。含水率の低いものは価格も高くなりますが、灰の搬出作業も軽減され、化石燃料の削減にも貢献するなどのメリットが大規模施設園芸において実証文献10)されています。
(3)空気熱源・水熱源等(ヒートポンプ利用)
1)ヒートポンプとは
ヒートポンプの特徴について、農林水産省の「施設園芸省エネルギー⽣産管理マニュアル(改定 2 版)」文献11)では下記のように述べており、引用します。
ヒートポンプは燃油暖房機のように燃焼により熱エネルギーを直接取り出す設備では
ありません。電気等のエネルギーで圧縮機を動かし、外気等の低温熱エネルギーを⾼温
熱エネルギーに変換させることで加温するものです。このため、少ない投⼊エネルギー
で効率的に熱エネルギーを利⽤することができます。
ここでの低温熱エネルギーには、空気(外気)、水(地下水、河川水、温廃水など)、地中熱(浅層、深層)などがあります。空気を熱源とするヒートポンプを空気熱源ヒートポンプ、水を熱源とするヒートポンプを水熱源ヒートポンプと呼んでいます。またヒートポンプ自体の駆動には電力を用いる電気式のものが大半ですが、エンジン式のものではガスや軽油が用いられています。ヒートポンプの効率を表す指標としてCOP(Coefficient of Performance、成績係数)があり、電気式では消費電力1kW当たりの暖房や冷房の能力(kW)を比で表しています。COPの値が大きいヒートポンプほど効率が良いと言えます。空気熱源ヒートポンプでのCOPは3以上、水熱源ヒートポンプでは5以上の製品がみられます。
2)ヒートポンプ運転でのハイブリッド方式
また前述のマニュアルにはヒートポンプの運転方法としてハイブリッド方式をあげており、引用します。このハイブリッド方式は、前述のみどりの食料システム戦略で取り上げられたハイブリッド型施設園芸と同義のものと考えられます。
ヒートポンプは燃油暖房機に⽐べ⾼価なため、暖房の全てをヒートポンプでまかなう
と導⼊コストが過⼤になることもあり、施設園芸においては、既存の燃油暖房機との併
⽤により、ヒートポンプを優先的に運転するハイブリッド⽅式が主流になっています。
また同マニュアルでは、ハイブリッド方式において「ヒートポンプの設定温度は燃油暖房機の設定温度より2〜3℃⾼く設定し、ヒートポンプを優先的に運転するように制御」することを示しています。ヒートポンプの価格は一般の温風暖房機などに比べ高価であり、また電気料金も上昇傾向にあるため、今後も効率的な利用のための検討が必要となるでしょう。農林水産省では、「農業用ヒートポンプを効果的に利用するための留意事項」文献12)を公表しています。
3)ヒートポンプのデフロスト運転
ヒートポンプの効率に影響を及ぼすものとしてデブロスト(除霜)運転があります。これは外気温の低下によりヒートポンプ室外機に霜が付着し、これを溶かすための運転のことで、その間に暖房運転が一時的に中断され、効率も低下します。寒冷地の厳寒期などにはデフロスト運転が起こりやすいため、寒冷地での空気熱源ヒートポンプ利用には一定のハンデがあると言えるでしょう。一方で寒冷地では厳寒期以外の暖房期間も暖地に比べ長いため、トータル的にはヒートポンプの活躍の期間も長いとも言えるでしょう。なお、近年ではデフロストに必要なエネルギーを低減したヒートポンプなども開発販売されています。
(4)今後の展開
以上のように化石燃料、木質バイオマス、空気熱源や水熱源などのヒートポンプによる利用など、施設園芸での暖房におけるエネルギー利用には多くの形態があります。その他にも地熱や温泉熱など我が国特有のエネルギー資源もありますが、それらの利用も一部で始まっています文献13)。今後もカーボンニュートラルに向けた取組や技術開発が国の主導により進展することが予想されますが、施設園芸においては省エネと生産性向上、化石燃料削減といった複雑な課題の解決が一層重要になるものと考えられます。
参考文献
- 国産天然ガス資源、天然ガス鉱業会
- 2023―日本が抱えているエネルギー問題(前編)、資源エネルギー庁
- 施設園芸等燃料価格高騰対策、農林水産省
- 施設園芸における化石燃料の使用量削減に向けた取組について、農林水産省
- みどりの食料システム戦略KPIの2021年及び2022年実績値一覧について、農林水産省
- 地球温暖化対策(ゼロエミッション化)、農林水産省
- 農業用A重油の石油石炭税の免税及び還付《 石油石炭税 》、農林水産省
- 木質バイオマスはどのように使われているのか、林野庁
- 木質バイオマス熱利用とは、日本木質バイオマスエネルギー協会
- 次世代施設園芸宮城県拠点の取組、株式会社デ・リーフデ北上、大規模施設園芸・植物工場共通テキスト、日本施設園芸協会
- 施設園芸省エネルギー⽣産管理マニュアル(改定 2 版)平成30年10月、農林水産省生産局
- 農業用ヒートポンプを効果的に利用するための留意事項、農林水産省
- エネルギーから始まる、農業ものがたり、株式会社タカヒコアグロビジネス、大規模施設園芸・植物工場共通テキスト、日本施設園芸協会